平成18年度弁理士試験論文式筆記試験問題(特許・実用新案)

【問題】
甲は、新規な駆動機構Aを備える玩具を開発し、特許請求の範囲が「駆動機構Aを備える玩具」と記載された請求項1のみである特許出願をした。
その出願の明細書及び図面には、駆動機構Aを備える玩具について当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載がされ、かつ、課題である「新規な動作」を駆動機構Aにより解決した旨記載されている。
この設例において、以下の(1)及び(2)について論ぜよ。なお、(1)及び(2)は、それぞれ独立しているものとする。
(1)甲は、その出願の後、「駆動機構Aを備える玩具」の製造、販売を開始した。一方、乙は、甲の玩具の販売の開始後であって甲の出願から6月経過前に、「駆動機構Aを備える玩具」の製造、販売を開始し、甲の玩具の販売量は、乙の玩具の販売の開始直後から、著しく減少している。(イ) 早期に権利を発生させるため、甲は、特許庁に対して、いかなる手続をすることができるか。(ロ) (イ)で論じた手続に基づいて権利の設定の登録がされた。この場合、乙に対して金銭の支払を請求するに際し、甲が留意すべき事項は何か。
ただし、損害の額の算定については、論じる必要はない。
なお、乙は、「駆動機構Aを備える玩具」の製造、販売についての正当な権原を有していないものとする。
(2)
甲の出願について、補正がされずに、特許権の設定の登録がされた。そして、甲は、「駆動機構Aを備える玩具」の製造、販売を企図した丙の求めに応じて、その特許権について範囲を全部とする通常実施権を丙に許諾するとともに、駆動機構Aの製造及び丙への販売を開始し、丙は、甲から購入した駆動機構Aを用いて、「駆動機構Aを備える玩具」の製造、販売を開始した。
その後、甲は、丁との間で、その特許権について範囲を全部とする専用実施権を設定する契約を結んだ。
丁は、どのような場合に、この専用実施権に基づいて、甲による行為及び丙による行為をそれぞれ差し止めることが可能か。なお、上記以外の特許権、専用実施権及び通常実施権を考慮する必要はない。

内容の確認
甲 「駆動機構Aを備える玩具」と記載された請求項1のみである特許出願

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 A       B       C        D
A特許出願
B甲の販売開始
C乙の販売開始 → 甲の販売量が減少
D特許出願から6月

(イ)早期に権利化 特許庁に対して
審査請求を行う(48条の3)早期公開の請求(64条の2)
優先審査(48条の6)

(ロ)金銭の請求に対して、留意する点
公開されていれば、補償金請求権を請求(65条)
①公開後、請求が可能
②補正により特許請求の範囲が変更していれば、再度警告必要
侵害されていれば、損害賠償請求(709条)不正利得返還請求権(703条、704条)
損害賠償請求権は、債権的な性質があり、時効が3年と短いことに注意
不正利得返還請求権は、時効は10年である。
損害賠償請求権と不正利得返還請求権のどちらも出来る場合は、どちらかを選ぶ、立法趣旨が異なるため

権限なし(議論不要)
損害額の算定(議論不要)




設問(イ)について
 甲は、早期に権利を発生するために、特許庁に対して行う手続きとしては、出願審査の請求(48条の3)、優先審査(48条の6)、出願公開の請求(64条の2)の手続きが考えられる。以下、その理由と共に分説する。
①出願審査の請求について(48条の3)
特許出願を行っただけでは、特許権を発生させることはできない。そのため、特許出願の日から3年以内に特許庁長官にその特許出願について出願審査の請求をしなければならない。出願審査の請求は、出願人の権利取得の意思確認であり、早期に権利化を希望する場合は、出願審査の請求を行う必要がある。
また、分割出願(44条)や変更出願(46条、46条の2)については、分割出願又は変更出願の日から30日以内に限り、出願審査の請求を行うことができる。
上述の期間内に審査請求を行わないと、特許出願自体が取り下げられたものと見なされるため留意が必要である。
②出願公開の請求について(64条の2)
特許権は、審査されてからでないと権利が発生しないが、特許出願の内容が出願公開されると、優先審査の請求(48条の6)や補償金請求権(65条)の権利が発生するため、早期出願の公開の手続きを行うべきである。
出願公開の請求は、特許庁長官に請求することによって行う(64条の2第1項)。ただし、出願公開されているもの(1号)、優先権証明書が提出されていないもの(2号)、翻訳文が提出されていないもの(3号)については、請求することができないので留意が必要である。
③優先審査の請求について(48条の6)
設問より、特許出願後、特許に係る玩具を販売していたが、乙も特許発明に係る玩具を販売したことにより、甲の販売数量が減少していることがわかる。よって、甲の特許発明が特許になった場合は、乙は正当な権限がないため、特許権の侵害を構成する可能性が高い。そのように認められる場合で、出願公開後であれば、必要であれば特許庁長官は審査官に優先して特許出願を審査させることができる。よって、この優先審査の請求を行うことにより、早期に権利発生させる手続きを行うことができる。



設問(ロ)について
甲は、乙に対して、特許権の侵害に対する損害賠償請求(民709条)や不当利得返還請求(民703、民704条)をすることができる。また、特許が設定の登録をされたことにより、補償金請求権(65条)の権利を行使することもできる。
まず、乙が甲の特許権を侵害しているかどうかが問題になる。
侵害していなければ、そもそも損害等が発生していなく、権利行使自体が不当だからである。
特許権の侵害は、正当な権限又は正当な理由がない者が、業として他人の特許発明を実施することをいう。設問より、乙に正当な権限がなく、製造、販売していることより、業としての実施であることも明らかである。また、甲の特許発明を実施していることも設問の設定より明らかである。正当な理由があるかは、設問より不明であるので、正当な理由があるかどうかを検討する必要がある。先使用権(79条)などの正当な理由がある場合は、特許権の侵害を構成せず、金銭的請求ができなからである。
正当な理由がない場合は、設問より、乙の行為は特許権を侵害するため、最初に説明した損害賠償請求等の金銭的請求が可能である。
そこで、それぞれの金銭的請求を行ううえにおいて、留意することを記載する。
①損害賠償請求権(民709条)
故意又は過失を要件としているため、甲は、乙の故意又は過失を立証する必要がある。債権的な性質を強く、時効が3年と短いため、請求する時期に留意する必要がある。
②不当利得返還請求権(民703条、民704条)
損害賠償請求権よりも時効が長く、10年である。乙が不当に特許に係る製品を販売したことによって得た利益の返還を求めるものである。
損害賠償請求と不当利得返還請求が同時に行える場合は、どちらで請求してもよい。立法趣旨が異なるためである。
③補償金請求権(65条)